不動産の売却は、多くの方にとって人生でそう何度も経験することのない、一大イベントです。そのプロセスは専門的な知識や複雑な手続きを伴うため、 「一体、何から手をつければ良いのか全く分からない…」 「うちの家は、いくらくらいで売れるのだろうか?」 「売却には、どんな費用や税金がかかるの?」 「信頼できる不動産会社は、どうやって探せばいいの?」 といった、たくさんの疑問や不安が次々と湧き出てくるのは当然のことでしょう。
不動産の売却は非常に大きな金額が動くだけでなく、法律や税金といった専門的な知識も関わる複雑なプロセスです。その流れを正しく理解せずに進めてしまうと、思わぬ損をしてしまったり、後からトラブルに巻き込まれてしまったりする可能性もゼロではありません。
この記事では、そんな初めて一軒家の売却に臨む皆様の不安を解消するために、不動産のプロフェッショナルとして、売却活動の開始から無事に引き渡しを終えるまでの「全ステップ」と、その過程で必ず知っておくべき「注意点」や「成功のコツ」について、体系的にそして分かりやすく徹底的に解説していきます。
一軒家を売却するまでの流れ
一軒家の売却は、思い立ってすぐに完了するものではありません。準備段階から最終的な税金の申告まで、いくつかのステップを計画的に、そして着実に踏んでいく必要があります。ここでは、その全体像を11のステップに分けて詳しく見ていきましょう。
STEP1.売却したい一軒家の状況を確認する
全てのスタートは、まずご自身が売却しようとしている物件の「現状」を正確に把握することから始まります。
法務局で取得できる「登記簿謄本(登記事項証明書)」で、土地や建物の正確な面積、所有者の名義を確認します。また、新築時の「売買契約書」や「建築確認済証・検査済証」、あるいは増改築を行った際の図面など、手元にある関連書類を全て集めておきましょう。
さらに、住宅ローンの残債がいくらあるのかも、金融機関からの返済予定表などで確認しておく必要があります。これらの情報が、後の査定や契約手続きをスムーズに進めるための重要な基礎となります。
STEP2.大体の相場を調べる
次に、売却したい一軒家が現在の不動産市場でどれくらいの価格で取引されているのか、その「相場」をご自身で調べてみましょう。 不動産情報ポータルサイトなどを活用し、ご自宅と同じエリア、同じくらいの広さや築年数の物件がいくらで売りに出されているのか(売出価格)をいくつか確認します。
これにより、「うちの家も大体これくらいで売れるのかもしれない」という大まかな価格のイメージを持つことができます。この相場感が、後の不動産会社から提示される査定価格が妥当なものかどうかを判断するための重要な物差しとなります。
STEP3.複数の不動産会社に査定を依頼する
ご自身での相場調査と並行して、売却活動の最も重要なパートナーとなる「不動産仲介会社」を探し始めます。そして、専門家によるより正確な「価格査定」を依頼します。
まずはインターネットの一括査定サイトなどを利用して、複数の会社に机上査定を依頼し、その中から提案内容や対応が信頼できると感じた3社から4社程度に、実際に家に来てもらう「訪問査定」をお願いするのが効率的な進め方です。
訪問査定では、建物の状態や日当たり、周辺環境などをプロの目で詳細にチェックした上で、より精度の高い現実的な売却可能価格が算出されます。
STEP4.不動産会社と媒介契約を結ぶ
複数の不動産会社から提示された査定価格や販売戦略、そして担当者の人柄や専門知識などを総合的に比較検討し、大切な家の売却を任せるたった一社のパートナーを決定します。 そして、その会社と正式に売却の仲介を依頼するための「媒介契約」を結びます。この契約には「一般媒介」「専任媒介」「専属専任媒介」の3種類があり、それぞれ複数社への依頼の可否や不動産会社からの業務報告の頻度などが異なります。
それぞれの特徴を担当者から十分に説明を受け、ご自身の売却方針に最も合った契約形態を選びましょう。
STEP5.販売活動を始めて、内覧に対応する
媒介契約を結んだら、いよいよ本格的な販売活動のスタートです。不動産会社は自社のウェブサイトや不動産情報ポータルサイトへの物件情報掲載、チラシの配布、あるいは既存の顧客への紹介など、様々な方法で購入希望者を探します。
そして、物件に興味を持った人が現れたら「内覧(内見)」の対応が必要になります。内覧は、購入希望者がその家を「買うか、買わないか」を最終判断する非常に重要な機会です。室内をきれいに掃除・整頓しておくことはもちろん、当日は明るい笑顔で購入希望者を迎え、その家の住み心地の良さや長所をご自身の言葉でアピールすることが成約への大きな後押しとなります。
STEP6.買主と売買契約を結ぶ
内覧の結果、その家を購入したいという希望者が現れると、不動産会社を通じて「購入申込書(買付証明書)」が提示されます。ここには購入希望価格や引き渡し希望日といった、購入希望者の条件が記載されています。
この条件に対して、売主として全てを承諾するのか、あるいは価格や条件について交渉を行うのかを不動産会社の担当者と相談しながら決めていきます。 そして、全ての条件について売主と買主の双方が完全に合意に至ったら、宅地建物取引士による重要事項説明を経て、正式な「不動産売買契約」を締結します。契約書の内容を隅々まで確認し、署名・捺印を行います。
STEP7.買主から手付金をもらう
不動産売買契約を締結する際に、買主からは売主に対して契約が成立した証として「手付金」が支払われます。
この手付金の額は法律で定められているわけではありませんが、一般的には売買価格の5%~10%程度が相場となっています。 この手付金は最終的に売買代金の一部として充当されます。
万が一、買主の都合で契約が解除される場合はこの手付金は返還されません。逆に、売主の都合で解除する場合は、受け取った手付金の倍額を買主に支払う必要があります。
STEP8.決済して一軒家を引き渡す
売買契約からおよそ1ヶ月後、いよいよ最終的な決済と物件の引き渡しの日を迎えます。通常、買主が住宅ローンを組む金融機関などで、売主、買主、不動産会社の担当者、そして登記手続きを行う司法書士が一堂に会して行われます。
この場で、買主から売主へ売買代金の残額が支払われると同時に、売主は買主へ物件の鍵や関連書類一式を引き渡します。この瞬間、物件の物理的な所有権が移転することになります。
STEP9.買主から売却金額をもらう
決済日当日、買主が利用する住宅ローンの融資が実行され、その資金がまず買主の口座へ振り込まれます。そしてその口座から、売主の指定口座へ売買代金の残額(売買価格から手付金を差し引いた額)が振り込まれるという流れが一般的です。 売主はご自身の口座に間違いなく残代金全額が着金したことをその場で確認します。この着金の確認をもって、決済は完了となります。
STEP10.不動産会社や司法書士に手数料を支払う
残代金の受領と同じタイミングで、売却に伴う各種費用の支払いも行われます。 具体的には、不動産仲介会社へ仲介手数料の残額を、そして登記手続きを担当した司法書士へその報酬を支払います。
また、住宅ローンが残っている場合はこの場でその残債を一括で金融機関に返済し、抵当権の抹消手続きも同時に行います。 これらの全ての支払いが完了し、手元に残った金額が最終的な売却による手取り額となります。
STEP11.確定申告する
不動産の売却が無事に完了しても、まだ手続きは終わりではありません。家を売却した翌年の2月16日から3月15日までの間に、「確定申告」を行う必要があります。
これは、家を売却して利益(譲渡所得)が出た場合に、それに対する所得税と住民税を納めるための手続きです。 たとえ利益が出ず税金が発生しない場合であっても、マイホームの売却に関する様々な特例(3,000万円特別控除など)の適用を受けるためには、この確定申告が必須となります。忘れないように必ず行うようにしましょう。
一軒家を売却する際にかかる費用
一軒家の売却では、売却代金がそのまま手元に残るわけではありません。仲介手数料や税金といった、いくつかの費用がかかることをあらかじめ理解しておく必要があります。
仲介手数料
これは、売却活動のパートナーである不動産仲介会社に支払う成功報酬です。
その上限額は宅地建物取引業法によって定められており、一般的に
「売買価格 × 3% + 6万円 + 消費税」
という速算式で計算されます。例えば3,000万円で家が売れた場合、仲介手数料の上限は105万6千円となります。この支払いは、売買契約時と引き渡し時に半金ずつ支払うのが一般的です。
登記費用
主に住宅ローンが残っている場合に、その「抵当権」を抹消するための登記にかかる費用です。土地一筆、建物一棟あたり1,000円ずつの登録免許税と、その手続きを代行する司法書士への報酬(数万円程度)が必要となります。
印紙税
不動産売買契約書に貼付する収入印紙の代金です。売買価格に応じて、税額は1万円から数万円と定められています。
抵当権抹消費用
これは、上記の登記費用に含まれる登録免許税や司法書士への報酬に加え、ローンを完済する際に金融機関へ支払う繰り上げ返済手数料などを含んだ総称です。住宅ローンが残っている場合に必要となる費用です。
譲渡所得税
家を購入した時よりも高い価格で売却でき、利益(譲渡所得)が出た場合にのみ、その利益に対して課税される税金です。所得税と住民税を合わせて譲渡所得税と呼びます。所有期間が5年を超える場合は約20%、5年以下の場合は約39%の税率となりますが、マイホームの売却には有利な特例が数多く用意されています。
一軒家を売却する際の注意点
後悔のないスムーズな売却を実現するために、特に注意すべきいくつかのポイントについて解説します。
複数の不動産会会社に査定してもらう
売却の最初のステップである価格査定は、必ず複数の不動産会社に依頼するようにしましょう。
1社だけの査定では、その価格が本当に市場の相場と合っているのかを客観的に判断することができません。3社から4社程度の査定価格を比較することで、ご自身の家のおおよその適正な価値を把握することができます。
査定額だけで不動産会社を決定しない
複数の会社から査定結果が提示された際に、最も高い査定額を提示してくれた会社にすぐに決めてしまいたくなるかもしれません。しかし、それは早計です。
査定価格はあくまで「これくらいの価格で売れるでしょう」という予想価格であり、その価格での売却を保証するものではありません。中には契約を取りたいがために、意図的に相場よりも高い査定額を提示してくる業者も存在します。
大切なのは、その査定価格の「根拠」を明確に、そして納得のいく形で説明してくれるかどうかです。その会社の販売戦略や担当者の誠実さを見極めることが何よりも重要です。
媒介契約の内容をきちんと確認する
売却を任せる不動産会社と結ぶ「媒介契約」。その内容を十分に理解し、納得した上で契約を結ぶことが後のトラブルを防ぎます。 特に契約の種類(一般・専任・専属専任)によるご自身の権利と不動産会社の義務の違いや、仲介手数料の金額と支払いタイミング、そして契約の有効期間などを契約書で隅々まで確認し、不明な点は必ず質問するようにしましょう。
売却する前にリフォーム・解体しない
「家を少しでも高く売るために、リフォームした方が良いのでは?」と考える方も多いでしょう。
しかし、これも慎重な判断が必要です。リフォームにかけた費用をそのまま売却価格に上乗せできるとは限りません。また、買主によっては購入後にご自身の好みに合わせてリフォームしたいと考えている場合もあります。 同様に、古い家を解体して更地にしてから売る方が高く売れるというわけでもありません。解体費用がかかる上に、土地の固定資産税が高くなるというデメリットもあります。 基本的には「現状のまま」で売却活動を始めるのが一般的です。リフォームや解体を検討するのは、不動産会社とよく相談してからにしましょう。
ローンを組んでいる不動産会社に相談しないまま売却しない
住宅ローンがまだ残っている状態で家を売却する場合、必ず借入先の金融機関との事前相談が必要になります。 売却代金でローンを完済できるのかどうか、そして抵当権を抹消するための具体的な手続きの流れなどをあらかじめ確認しておく必要があります。 もし売却価格がローン残高を下回ってしまういわゆる「任意売却」となる場合は、金融機関の合意がなければ売却そのものができません。
金融機関に何の相談もないまま売却活動を進めてしまうと、後で大きなトラブルに発展する可能性があります。
相場価格を把握する
売却活動を始める前に、ご自身で周辺の相場価格を把握しておくことは非常に重要です。これにより、不動産会社から提示される査定価格が妥当なものかを判断する客観的な物差しを持つことができます。
また、販売活動中に不動産会社から「なかなか買い手が見つからないので、価格を下げませんか?」という提案を受けた際にも、その値下げ幅が適切なものかを冷静に判断するための材料となります。 常に市場の動向に関心を持ち、ご自身の資産の価値を客観的に見つめる視点が大切です。
相場価格とかけ離れた値段で売却しない
「少しでも高く売りたい」というお気持ちは当然のものです。しかし、周辺の相場から大きくかけ離れた高すぎる価格設定で売りに出してしまうと、購入希望者の検討の土俵にすら上がることができません。
長期間売れ残ってしまうと物件のイメージは悪化し、「何か問題がある物件なのではないか」という印象を与えてしまいます。結果として、当初の適正価格よりもさらに安い価格でしか売れなくなってしまうという悪循環に陥るのです。 適正な相場価格で売り出し、購入希望者からの交渉に柔軟に応じる姿勢を持つことが、結果的に最も良い条件での売却に繋がります。
大掛かりなリフォームをしない
前述の通り、売却前の大規模なリフォームは慎重に検討すべきです。 キッチンやお風呂を最新のものに交換したとしても、その費用を全額売却価格に上乗せすることは困難です。また、リフォームしたデザインや仕様が買主の好みに合うとは限りません。買主にとっては、むしろ自分の好きなようにリフォームできる余地が残されている方が魅力的に映ることもあります。
リフォームを行うのであれば、壁紙の部分的な張り替えやハウスクリーニングといった、比較的低コストで清潔感を向上させる最小限のものに留めておくのが賢明な判断といえるでしょう。
一軒家の売却を成功させるためのコツ
最後に、ご自身の一軒家をよりスムーズに、そしてより良い条件で売却するための具体的なコツをご紹介します。
一軒家のアピールポイントを考える
ご自身の家が持つ「魅力」を、客観的にそして具体的にリストアップしてみましょう。これは、不動産会社が販売広告を作成する上で非常に重要な情報となります。 買主の視点に立って、「どんな点がこの家のアピールポイントになるか」を考えてみてください。
- 駅から徒歩◯分以内の好立地
- 日当たりが良く、南向きのリビング
- 風通しが良く、開放感のある間取り
- 築年数の割にリフォーム済みで内装が綺麗
- スーパー・コンビニ・ドラッグストアが徒歩圏内
- 閑静な住宅街に位置し、治安も良好
- 近隣に公園や教育施設があり、子育て環境が整っている
- 収納スペースが豊富で使い勝手が良い
- カースペース付き(または駐車場完備)
- ペット飼育可(マンションの場合)
- 眺望の良さ(高層階や景色が抜けているなど)
内乱に向けて準備を進める
内覧は、売却の成否を左右する最も重要なイベントです。購入希望者に「この家に住みたい」と思ってもらうための万全の準備を心がけましょう。 具体的には、以下の点を実践するだけでも印象は大きく変わります。
- 家全体の徹底的な掃除と整理整頓
- 水回り(キッチン、浴室、トイレ)を特に念入りに磨き上げる
- 窓を全て開け、室内の空気を入れ替えておく
- 全ての部屋の照明をつけて、室内を明るく見せる
- 玄関や庭周りもきれいに掃除しておく
こうした丁寧な準備は、「この家は大切に使われてきたんだな」という良い印象を買主に与えます。
ホームステージングを利用する
「ホームステージング」とは、売却する物件にプロのコーディネーターが家具や照明、小物などを効果的に配置し、モデルルームのように魅力的な空間を演出するサービスのことです。 生活感のあるがらんとした部屋よりも、お洒落なインテリアでコーディネートされた空間の方が、購入希望者は新生活をより具体的に、そしてポジティブにイメージしやすくなります。
費用はかかりますが、物件の魅力を最大限に引き出し、より早くそしてより高く売却できる可能性を高める、非常に有効な戦略の一つです。
一軒家の外観を整える
内覧の際、購入希望者が最初に目にするのは家の「外観」です。この第一印象が、その後の内覧全体のイメージを左右します。 玄関周りをきれいに掃除し、庭の草木を手入れしておくだけでも印象は大きく変わります。
また、外壁に明らかな汚れやひび割れがある場合は、部分的な高圧洗浄や補修を検討するのも良いでしょう。 家全体を大切に扱っているという姿勢が、買主の安心感に繋がります。
一軒家の売却が得意な不動産屋に依頼する
繰り返しになりますが、これが最も重要な成功のコツです。 不動産会社にはそれぞれ得意とするエリアや物件種別があります。一軒家の売却を成功させるためには、そのエリアの戸建て売買に豊富な実績と独自のノウハウを持つ不動産会社をパートナーとして選ぶことが絶対に不可欠です。 その会社がどれだけ多くの戸建てを探している購入希望者の情報を持っているか。そして、戸建て特有の建物や土地に関する問題点をどれだけ深く理解し、的確なアドバイスをくれるか。 その専門性があなたの大切な一軒家の価値を最大限に引き出してくれるのです。
外観・内観のどちらにも気を配り一軒家売却を成功させよう
今回は、一軒家の売却について、その手続きの具体的な流れからかかる費用、そして成功させるための注意点やコツまで、網羅的に解説しました。
不動産の売却は、多くの方にとって初めての経験であり、そのプロセスは専門的で、そして多くの決断を伴うものです。 しかし、その一つひとつのステップを事前に正しく理解し、計画的にそして冷静に準備を進めることで、その不安は大きく和らげることができます。
この記事が、これから一軒家の売却という大きな決断に臨む皆様にとって、後悔のないそして納得のいく取引を実現するための、その一助となればこれほど嬉しいことはありません。